マメドチ 2113M 3等茶臼 大河原(信濃大河原) 山系・赤石岳 1999.5.9.

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地面にゴロリと転がっていた3等三角点茶臼。


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起点(青田山南1630m鞍部付近/「茶臼山造林公団」の立て看板)・842>900・ツガムラ沢水利>945・造林小屋・955>>(途中約30分待つ)>>1145・1915P>1320・点名茶臼2112.5M・1325>1335・大崩落の縁・1505>1513・点名茶臼>1550・1915P・1605>1635・造林小屋・1645>1730・ツガムラ沢水利>1745・起点


 この山は、前茶臼山の北東尾根にあって、三角点南には前茶臼山同様、大崩落地があるが、登山者で訪れた人は、少なかろう。
 この山は、数日前、青田山に南の鞍部から往復した際、その鞍部から右山で南へ巻く水利用の山道を発見したことから、登ってみることになった。ツガムラ沢にある水利からなおも続く造林作業路で巻くと、点名・茶臼からの北尾根手前に造林小屋があり、ここから1915Pを経て往復した。その後何年か経って、この造林作業路南に並行して林道が敷設されたので、これを使っても良いが、その分、楽しさが減じることになる。
 北の原からの村道(青田山南の1653P以南は林道)は、地元の二台の軽トラックに挟まれて登ったが、どうやらこの人たちは、田に水を引くために山中の水利施設に行くようで、同じ所から相前後して歩き始めた。
 「茶臼山造林公団」の立て看板(現在、これは立ってはおらず、地面に置かれている)脇から明瞭な山道に入ると、すぐに青田山南尾根の鞍部。これを東に横断し、南へ右山で巻き道を辿ると、やがてツガムラ沢に簡単な水利。ここで作業を始めた人たちと別れると、カラマツ林の中、山道がやや細くなったが、立派な造林作業路であった。小さな崩落地、そして南から束なって流下する三条の小沢を渡ると、やがて造林小屋。一帯の植栽と、初期の手入れが終わったようで、いまは使われていないような佇まい。
 当初はその背後の尾根に取り付くつもりであったが、手前から山手に踏み跡が出ており、これを辿って南南東に登ると、やがて若いダケカンバのみが点在する岩の原。ここで遥か後方から人声が風に乗って来た。どうやらぼくたちを呼んでいるよう・・・。寝坊して、待ち合わせの場所に来なかった友のよう・・・。待つことしばし。約30分後、下方に人影。やはりその友であった。
 この浮石ばかりの岩の原を登り詰めると、岩場に立ち枯れの木がポツリと立つ1915P。振り向くと、来し方に青田山が遠ざかり、その後方に大西山、その奥に中央アルプス。眼下には大河原の集落が、のどかな佇まいを見せていた。自然林の中、尾根線に絡んで途切れがちな踏み跡を辿ると、上部では素敵な草地のスポットが連続。この先で尾根が広がると、小尾根、凹地が入り組んだ微細構造が出現。これでは三角点発見は難しいかな・・・と思っていたら、足元にゴロリと転がっていた三角点を奇跡的に発見。この先で大崩落地の縁に出ると、正面に谷から一直線に立ち上がった赤石岳の巨姿。前茶臼の大崩落地の縁に出た時以来の感動で、絶叫しまくったが、誰もおらず、誰も来ず、ぼくたちだけの山頂であった。
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カラマツ林の中、延々と造林作業路で巻く。来し方を撮る。
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造林小屋手前から南南東に踏み跡を辿って登ると、岩の原に出る。
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岩場に立ち枯れの木がポツリと立つ所で1915P。
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尾根に絡んで途切れがちな踏み跡を南に辿ると、上部で草地のスポットが連続。
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足元にゴロリと転がっていた3等三角点を起してみる。
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大崩落地の縁から前茶臼山を望む。
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同上ポイントから小渋川の向こうに赤石岳(右)と荒川岳。
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その赤石岳の拡大。

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