物見山 1433M 白馬岳(塩島) 山系・妙高山>高妻山 2010.5.3.

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柄山峠北1335p南のコブから物見山(後方は八方山)。


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起点(和田邸付近のBP)・430>609・畑跡カヤトの縁・637>737・柄山峠大日堂・757>838・白馬野平分岐>907・1335P>956・1320m台地(雪田)・1020>1035・BP予定地1340mコブ・1040>1147・物見山1433P・1206>1352・BP予定地・1444>1514・1335P>1540・白馬野平分岐・1557>1617・柄山峠大日堂・1627>1734・落合沢、八方沢出合>1740・起点

 この山は、戸隠裏山の高妻山が、裾花川右岸に分派した通称東山山塊の中程にある小さな山である。これより北は険しく、南は下る程に穏やかになるばかりで、車社会が進展する以前は、柄山峠、柳沢峠、白沢峠等々、幅1.8M程の道が越す峠が、何条かあったとか・・・。
 物見山には七年前の文化の日に、東の落合から柄山峠を経て一度登っていたので、今回、山中泊して黒鼻山に登るために、この山を通るルートを採った。三十年程前から季節集落となった落合から落合沢に入り、途中、大きな滝を見下ろしながらその右岸を登ると、ブナ交じりの長閑な雑木林が広がった所に、ひっそりと佇む古い古い墓石一つ。送電線の巡視路として生き残っている峠道をなおも登ると、やがて大日如来、延命地蔵を祀る祠がある所で、柄山峠の頂上となった。南に柄山。北に入ると、僅か先で鉄塔に出て、白馬連峰へと大きく展望が広がった。この先で東側の谷の源頭部を渡って尾根を移り、東から尾根を合わせる駒止めの頭を北西に越すと、右の落合沢側がカラマツ林となり、次のコブで巡視路が、その西尾根に遠ざかると、以降、造林作業路の名残を辿った。1335pを越すと、鞍部一帯は密で丈高のササ。もはや踏み跡すらなかったが、途中、ササの丈が低まった所から、後立山の大観が得られた。登り返しはさらに濃密なササ。途中、北側の雪が詰まったサコに降り、そのまま北西に雪を伝って登ると、濃密なササの台地に出たが、そこに大きな雪田があった。重いリュックを背負っていては消耗するばかりであったので、ここにリュックをデポしてルートの偵察に出ると、激藪漕ぎも僅かなことで、雪の帯が現れ、それが雪原となって広がっていた。戻ってリュックを背負い、これを辿ると、気持ちの良い雪原となったB.P.予定地の1340Mのコブ。雪原を限る西の端に立つと、白馬連峰へと胸の透く展望が広がっていた。ここにリュックを降ろし、水も持たずにそのまま奥へ翌日のルートの偵察に出ると、北に隣接するもう一つの1340Mコブを越した先で、落合沢の源頭部が広々と台地状になっていて、そこにブナ、ミズナラ、サワグルミ等々、大木の疎林が広がっていた。かすかに窪んだ落合沢源頭部をゆるゆると登り、物見山北西尾根に乗ると、向こう側は雪渓以外に雪がなく、雪が削り取った堅い土の急斜面が剥き出していた。もはや七年前のあの刈り払い道は現存せず、ならば物見山を越すまでのことと、勾配が強まった雪の斜面を登り切ると、七年前のあの濃密で丈高のササに覆われていたのが幻のような、雪に覆われた物見山の山頂に着いた。北に南面の大岩壁を剥き出して八方山。八方沢源頭には雪が詰まっていたが、そこへ続く尾根には雪がないどころか、足元から濃密で丈高のササ藪が続いていた。打ちのめされたぼくたちは、リュックデポ地まで戻って昼食を摂ると、さっさと下山してしまった。
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落合沢を行く。
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BP予定地1340Mコブ手前から後立山。
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BP予定地1340Mコブから白馬連峰
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物見山山頂から八方山
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帰路。駒止の頭から谷の源頭部を西に渡って尾根をシフトする所。

この記事へのコメント

やまねのね
2019年01月05日 17:52
物見山、懐かしいです。私は、G.W直後に、西の青鬼から入りました。
2019年01月06日 17:16
青鬼の北、奉納の南、黒鼻山の西山麓真木は一度訪れてみたい集落です。
黒鼻山は、裾花川側からダイレクトに登れるそうですが、もう今となっては無理でしょうね。登れる気がしませんもの・・・。

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